東アジアからみた日本の位置と邪馬台国
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左の地図のように逆さまに向けると、東アジアの一部である日本列島は、これまでの位置や国境とは違った印象を受ける。
つまり、シベリア、中国大陸、朝鮮半島、日本列島が日本海を囲んでおり、当然ながら、環日本海の陸地には、古代から大国家や小国家が複数存在した事実と、海上に国家を作る不可能性が確認できる。
弥生時代における日本列島の中央政権では邪馬台国が著名だが、奈良県桜井市の纒向遺跡と佐賀県神埼郡の吉野ヶ里遺跡とがその痕跡であると、見解が二分されている(※)。しかし、邪馬台国である確固たる証拠はなくとも、当時の列島には、少なくとも二つの一定規模の中央政権があったと考えられる。環日本海に小国家が複数存在ことを踏まえると、日本列島における邪馬台国の存在は、2説を2説そのものとして考えるのが無難であろう。
※『魏誌倭人伝』記述そのものによると邪馬台国は沖縄県周辺の海中になる。同書の、距離が正しければ前者、方角が正しければ後者が妥当的である。
※地図はSea of Japan - Wikipediaより
