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日本海呼称問題と21世紀の東アジア

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ウィキペディアの日本海呼称問題を確認するかぎり、日本国・韓国双方ともに、発想に一貫性がないのは顕著である。

このページに掲載した2つの地図を見比べると、日本海は、1808年に「韓国(朝鮮)海」 、1892年に「日本海」 を確認することができる。

ところが、東シナ海となると、基本的に「Chinese Sea」「The sea of China」だが、日本地図では中国海とはなっていない。

そこで明らかになるのが、海域名の呼称に一貫性が存在しないことである。日本海や東シナ海と名付けた連中は一体どのような発想をもっていたのだろうか…。疑念の感が残るばかりだが、ひとまず、日本海と東シナ海という二つの海域の呼称を比べていえるのは次のとおりである。

  • 「日本海」名称を守るならば、「東シナ海」は「中国海」。
  • 「シナ」は大日本帝国下で集中的に用いられた中国に対する蔑称であり、これを現在の日本地図に踏襲している以上、日本海は「倭海」とすべき。
    ※古代の日本列島居住者が「日本国」を建国するにあたり、同じ列島居住者の別国を「倭国」と称し、唐にお伺いを立てる趣旨で差別化を図ったという見方もある(網野善彦『「日本」とは何か』)

いずれにせよ、日本海海域呼称問題が不毛であるのは、東シナ海を含めて問題にしていない点にある。

先のウィキペディア日本海呼称問題によると、朝鮮半島の東側にあるから「東海」にすべきとの韓国側の主張に対し、日本国側は、「東海 という呼称は単に「朝鮮半島から見て東にある海」という意味であり、国際的な海域に東も西もない。また、日本からすれば、西にある海であり「西海」になる。」と主張している。

しかし、日本国側の主張に基づけば、「日本国」という国名も捨てる必要が生じる。日本国側の主張は、いいかえれば、日本海が日本国の「北側」にあるから日本海だという主張であり、これに基づけば、日本国は、「太平洋国」と国名を変更すべきということになる。もっとも、誰も認める者はいないだろうが。

また、韓国側の主張「1610年のコディンホ・デ・ヘレディアのアジア地図における Mar Coria という表記をはじめ、17世紀~18世紀の複数のヨーロッパの資料に「韓国の海」という類の名称が使用されている。それに、18~19世紀の日本の資料にも「朝鮮海」とされているものが存在する。」に対し、日本国側は、「「日本海」が最初に登場した地図はマテオ・リッチの『坤與万国全図』(1602年) であり、西洋に「日本海」にあたる名称を普及させたのは、ロシアの提督クルゼンシュテルンの地図(1815年)と言われている。こうした例は日本の方が多い。それに韓国側が挙げている証拠地図は「韓国海」の例であって、「東海」の例ではない。「17世紀~18世紀の複数のヨーロッパの資料」は、日本の調査では1枚であった。」としている。

ところが、マテオ・リッチの例を出してしまったにも関わらず、日本国側は、17世紀初頭の「日本国」の領域を考慮していない。すなわち、東北地方と北海道に隣接する日本海は日本海と呼ぶことができないのである。なぜなら、17世紀初頭に上記の地域は、日本ではなかったのだから。

すなわち、日本国側の主張は、地理的にも歴史的にも、説得性のないものである。もっとも、日本国側だけでなく、韓国側も根拠が明瞭ではなく不安定ではあるが。

いずれにせよ、この数百年間にわたって欧米諸国が挙って作成してきた東アジアの地図は、対東アジア戦略・侵略にもとづくものだと考えれば、東アジア内諸国が分断した認識をもつことが有効であるとは考えにくい。中華人民共和国以外は、欧米諸国に並ぶ経済力・政治力をもつことができないのであって、東アジアに住む人間にとって、東アジア内での分断した歴史認識が横行する間は、日本列島、朝鮮半島、中国大陸、とくに日本列島と朝鮮半島との小国化は避けることができないであろう。

森嶋通夫は、21世紀中期には、確実に日本国が三流の国に落ちているということを予言している。20世紀末の日本に顕在化した大人たちの経済犯罪、父母たちのDV、子供たちの少年犯罪、等々の精神的荒廃などを念頭におきながら、森嶋は以下のように警鐘を鳴らす。

「悪貨は良貨を駆逐する」の法則通り、こういう状態の進行を止めることは至難である。このような動きは、日本に非常に大きな打撃を与えるであろう。というのは、日本は儒教社会であり、国の存続のために知識人が主導的役割を演じるようにつくられた国家であるからだ。日本は、底辺からよりもむしろ頂点から崩れていく危険が大きいが、そういう事態は、現在の学生や子供たちが社会のトップになった二一世紀中頃にやってくるであろう。
森嶋通夫『なぜ日本は没落するか』岩波書店、1999年、53ページ

なお、21世紀に必要な歴史観・東アジア観は、やはり、森嶋通夫の論点が説得的である。

いい大人が生まれるような史観を求めて、教科書を試行錯誤的に書き換えるという愚挙を歴史家はなすべきではない。歴史家のすべきことは、「真実」を求めて苦闘することである。そして子供たちは真実に直面する勇気を歴史から学ぶことである。…中略…情報化が、私たちを真実に直面させるのだ。しかし言うはやさしいが、実行するのは難しい。日本人や日本政府が面子という右傾的心情にわざわいされて、歴史の共同理解を拒否するだろうからである。
森嶋通夫『なぜ日本は没落するか』岩波書店、1999年、187-188ページ

また、森嶋は、歴史教育について、以下のような提言も行なっている。21世紀には、歴史を現代的観点で討論する仕事が必要であり、その作業は、固有の意味の歴史(つまり過去の事実の正確な確認)だけでなく、子供たちの教育にもなり、子供たちを考える人に育てることは確かである。さらに、以下のようにも東アジアの人間、日本列島に暮らす人間にたいして、21世紀の心構えを以下のように強調している。

来世紀は巨大合衆国の時代である。アジアが共同体の合衆国化が問題になる時にはアメリカはもちろんのことヨーロッパにも合衆国ができている。この時にアジアが合衆国をつくれない状態にあるならば、アジアの人々は悲惨である。だから私たちのするべきことは、彼らが合衆国をつくりたいと思うならば、つくれる状態にしておくべきことである。
森嶋通夫『なぜ日本は没落するか』岩波書店、1999年、192ページ

※地図はともにAsia Historical Maps - Perry-Castañeda Map Collection - UT Library Onlineより