12世紀以前の首都 - 隋・唐
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■このカテゴリの趣旨■古代の首都である隋・唐を中心に、東アジア諸国も含め古代史を広く考える。
●ヤマトの地名変化と日本国呼称の初出
古墳時代以降、奈良時代までは、倭国から日本国へと列島が変化する時期である。 そもそも、古代奈良の地名は、現在の宇陀郡・桜井市辺りをさす山門から、奈良盆地中南部の倭、そして、奈良盆地の大和といった呼称変化を遂げている。 少し詳しくたどろう。 …
●古代の東アジア交易ルート
古代の東アジア交易ルートには、陸路と海路という、大きく2種類のルートがあった。 シルク・ロード(絹の道) シルクロードは、太古から、西アジアから東アジアまで、さらにはヨーロッパや北アフリカをも結んできた東西交通路の総称である。 一部に海路を…
●古代の都市構造 - 条里制・風水思想の関連で
唐の即天武后に許可を得て持統天皇が「日本国」と宣言して以来、日本国の国境は時代によって様々に変化したが、古代都市は近畿圏に留まり続けた。倭国の時代を含め日本国成立以降も、大阪府の難波長柄豊﨑宮や、兵庫県・滋賀県の一部が追加される程度で、近畿…
●東アジアからみた日本の位置と邪馬台国
左の地図のように逆さまに向けると、東アジアの一部である日本列島は、これまでの位置や国境とは違った印象を受ける。 つまり、シベリア、中国大陸、朝鮮半島、日本列島が日本海を囲んでおり、当然ながら、環日本海の陸地には、古代から大国家や小国家が複数…
